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[5] 北野> 「氷室先生?」  遠慮がちにベッドに腰をかけた赤城からの質問に氷上は「うん」と肯き、探してもらっていた本が見つかったそうでねと嬉しそうに微笑んで電話を置いた。大方、天文関係の本だろう。どんな本かと尋ねれば、意気揚々と語りつくしてくれるであろうことは予想できたが、赤城はあえてそれ以上踏み込まなかった。尋ねることは他にあるのだ。夜が短く感じるほどに。  急に黙りこんでしまった赤城に戸惑いがちに視線を向けた氷上は、赤城の様子を見た瞬間にぎくりと背中を震わせた。悩んでいるようにも怒っているようにも見える神妙な顔つきで空を睨んでいたのだ。はて、自分はまた素っ頓狂なことを言ってしまったのだろうか。自分ではさっぱりそんなつもりはなくとも、赤城曰く間違ってはいないが正解ではないことを言ってしまうらしい。それも君らしいけど、と赤城は笑ってくれるのだが不愉快にさせて嫌われてしまったらと考えると恐ろしかった。ひとりではいたくない。夜の空は星で明るい。けれども、その空の下で一人でいるには夜は寒すぎるのだ。 「星、きれいだったね」  落ち込み始めた氷上の雰囲気に気がついたのか、赤城が明るい声で本日の天体観測の感想を口にすると、部屋の重々しくなり始めた空気が一掃された。どうやら失言があったわけではないらしい。ほっと気づかれぬように安堵のため息をつき、星の説明をしようと息を吸った瞬間だった。人の良さそうな笑みを張り付けたままの赤城が、いつもより幾分か固い声を出したのは。 「氷室先生と氷上は、本当に仲がいいね」 「そ、そうかな? そう見えるかい? 僕はまだ未熟者だからすぐに零一兄さんに頼って迷惑ばかりかけてしまっているけど、いや、そう見えるなら嬉しいよ」  先ほどまで戸惑いがちに揺れていた氷上の表情は、ぱっと明るくなり、まるで会議で自分の意見を主張しているときのように瞳を輝かせている。赤城はそんな氷上を一瞥したがぴくりとも笑わなかった。 「本当にね、あんな関係だとは知らなかったよ」  ずぶずぶと沼に足が沈んでいくように重くじっとりと、その言葉は紡がれた。赤城の瞳は、光が射していないのではないかと思えるほど淀んでいたが、どこか氷上を試すような鋭さを持ち合わせていた。突然の言葉に狼狽しているのは氷上だった。“あんな関係”とは一体なんだろうか。従兄である氷室とは確かに仲がいいし、慕っている。それは母親から小言をもらうほどに、氷室零一という従兄を慕っているが、それが問題なのだろうか。 「三日前さ」  首を傾げ、眼鏡を押さえながら悩む氷上の姿に、赤城の赤茶色の瞳に一筋の光がはしる。 「キス、してただろ?」  駐輪場でとやけに楽しそうに、だがどことなく嫌味にも聞こえる調子で紡がれた赤城の言葉に、今は無造作な氷上の鮮やかな髪が揺れる。けれどもその表情に変わりはなく、いまだに不思議そうな顔で赤城の言葉の意味を正確に捉えることに苦心していた。 「ああ、あれ、見られていたのかぁ」  ようやく最初の質問とキスという単語が結びついたらしい氷上は、誤解してしまったかな、と続けたが、その声は特に切羽詰まることもなくのんびりとしていた。赤城はその声に、自分の推測が正しかったことを理解し喜んだが、同時に鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。 「あれって……」  戸惑いがちに尋ねられる問いは、いつもの赤城からは想像できないほど弱々しかった。なにをそんなに戸惑っているのかがわからぬ氷上は、今にも笑うことしかできない人形のような乾いた笑い声を漏らしそうになっている赤城を不思議そうに眺め、なんというか僕の家はスキンシップが激しくてね、と申し訳なさそうに弁解した。 「スキン、シップ」  

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