アンドロイドはドッペルゲンガーの夢を見るか
氷室零一は謎めいてた男である。整った容姿であるために憧れる女子生徒も少なくはないのだろうとは思うが、それも新入生に限ったことだろう。彼の几帳面かつ真面目な性格のゆえにもたらされる厳しい生活指導と諸考査の難問、それからいわゆるお小言のために彼への憧れはいとも簡単に崩れ去る。けれどもそれでもなお生徒の関心をひく教師であるからまったく不思議なものだ。 そんなわけで最近ネタに飢えている我々はば学新聞部は彼を徹底追跡することになったのだが、おそらく自分はスクープと呼べるものを得てしまった。得てしまったのである。 それは第三日曜日の夕方だった。部活の全体練習日である毎月の第三日曜、十二個あるうちのひとつであったその日、彼――氷室教諭が顧問を担当する吹奏楽も当然部活動があった。顧問の性格を反映し、まるで世界最高峰の山のように厳しいことで知られている吹奏楽部は平日にも運動部並みに練習がある部活である。 彼が愛車の元へやってくるまで約五分弱。早くその姿を確認して仕事を終えたいものだなどと思っていた時だった。とんでもないものを、見たのだ。 それは黄昏を背にやってきた。そのために顔つきが確認できず最初はただの一般生徒かと思っていたくらいだ。だがすぐに制服を着用していないことに気がつき、だが教師だとしても見覚えのない服装だと訝しんでいた矢先、さっとその人物の顔に影が落ちた。 アンドロイド 地下工場 メンテナンス 改造 量産型 いくつもの言葉が浮かんでは消えた。ただ考えていることはただ一つ、氷室零一アンドロイド説のことだ。それも仕方がないことだろう。その彼であって彼ではない男がやってきた方向にあるのは、地下工場を有すると噂のあの教会だったのだから。 「兄さん」 澄み切った声は静かな放課後に高く響いた。氷室教諭に兄弟はいたかを瞬時に考えた。門外不出持出厳禁!新聞部マル秘データバンクを脳内でめくればすぐにいないという結論を得られた。ではきっとあれはアンドロイドだと思うこともできた。一号と二号が兄弟であるというのは、ある意味間違ってはいないことだ。けれどもその時、そうは考えられなかった。なぜならば兄さんと呼んだ青年の顔はアンドロイドにしてはあまりに華やかに笑顔を描いていたし、兄さんと呼ばれた声の先にやってきた男――氷室零一教諭は、微かに、それは本当に微細なものではあったが間違いなく笑っていたのだ。 さてこれをどう処理するべきなのか……。黙っていればいいともう一人の自分が囁いた。そして自分はそれに従った。目撃者はただ一人なのだからその一人が黙っていればすべては丸く収まる。部長に、その他の仲間達に「異常なし」と報告すれば何もなかったことになるのだ。 彼が彼によく似た、それはドッペルゲンガーのような青年を見る目は本当に相手を愛おしんでいる目であった。もし彼が本当にアンドロイドだったとしても、孤独なアンドロイドがドッペルゲンガーに愛を与えることを誰が否定できようか。そこにある感情かはたまたプログラムが恋であれ愛であれなんであれ、きっとあれを邪魔すれば自分の末路は馬に蹴られてお陀仏だろう。 そんなに似てないというツッコミはなしで。なんだかんだ氷上視点も書きたい(100919) |