OH MY GOD!!


 おそらく高校時代というのは青春だった。愛想笑いに顔の筋肉は疲れていたけれど、それでも友人に恵まれ将来を誓い合うような恋人に出会うことができた。だからこそ今こうして自然に笑うことができるのだろう。それは確かなことであるが面と向かってその変化を指摘されると恥ずかしいというのも事実だ。

「佐伯くんは変わったな。あ、いや悪い意味ではないよ誤解しないでくれ。ただ、なんというか、すごく親しみやすくなったというか」
 佐伯瑛は、眼鏡の奥の瞳に相変わらず誠実そうな光を宿らせている友人の言葉に一瞬息を止めた。
 このすっとぼけた友人、氷上格のボケがどこまで本物か。そんなことは考えるまでもない。氷上がいつだって真剣であることは高校時代の生活ぶりを見ていればわかることだ。つまり今の言葉もとぼけているわけではなく心の底から佐伯の性格の変化に感動してのものだろう。
「そうか?」
「ああ。赤城くんもそう思わないかい?」
 今更自分が猫をかぶっていたなどと説明するのも面倒で、どうにかはぐらかしてしまおうと佐伯はわざとぞんざいな返事を返したがそれにめげる氷上ではない。それどころかどうにかしてその変化を認めさせたいらしく、一部始終をにやけ顔で眺めていた――無論そのにやけた顔は隣に座っている氷上には見えていなかった――赤城に話をふった。
 これに焦ったのは佐伯だ。先ほどからにやにやと口元を歪ませる赤城に「余計なことは言うな」と無言の圧力をかけていたのにまったく意味がなくなってしまう。
 氷上は鈍感なのだ。自分が猫っかぶりだったことにも気づかずそして何より赤城の腹の中が真っ黒であることにも気づかない。
「そうかな。んーまあ、そうかもね」
 たっぷりと余計なものが含まれた赤城の答えに佐伯は小さくうなだれた。そんな佐伯の心を知らない氷上は得られた賛同に大いに喜び「そうだろう」と頷きをくり返しているのだからたまったものではない。
「やはり佐伯くんにも、よい出会い、というのが会ったのだろうか」
「は?」
 氷上の見解がまったく理解できず、佐伯は思わず短い声をもらした。
 一体この男はどこまでネジがゆるんでいるのだろうか。勉学はもういいから少し違う勉強をした方がいいのではないだろうか。
 そんなことを思いつつ佐伯が氷上をまじまじと見れば、氷上は己の言葉が足りなかったことに気がつき大慌てに口を開く。
「あ、いや僕の場合は、赤城くんと出会ってから色々なことに気づいてね、それが自分を見つめるきっかけになった。その結果、いい意味で自分を変えることができたと思うんだ。だから、佐伯君にもそういう出会いがあったのかと思ってね」

 オーマイゴッドとはこんな時に言う言葉だろう。こんな時のためにある言葉だろう。

(勘弁してくれ)
 さらりと何でもないことのようにとんでもないことを言ってのけた氷上の隣、無表情に取り繕いながらもあふれんばかりの喜びを身体にためていることが安易にわかる赤城に佐伯は密かに恐怖した。
 その恐怖は薄ら寒いものだ。何かとんでもなくとんでもないことを言うのではないかという確かな予知だ。
 氷上には防衛本能というものがないのだろうか。ああきっとないのだ。だからこんな性格の悪い男にあっさりと捕まってしまったのだ。
 佐伯はとても友人に対するものとは思えないほどひどい評価を心の中に書き留めつつ、すっとさりげない動きで氷上の方へと軽く身体を捻った赤城を見る。
「氷上」
 ゆっくりと赤城の形のいい唇が氷上を呼ぶ。ああ勘弁してくれ。
「なんだい?」
 ん? と小首を傾げて氷上が赤城へと振り向けば眼鏡がちらりと光る。ああ畜生
「そういう熱烈な告白は、二人の時に言ってくれると嬉しんだけどな」
 赤城はにっこりと、それはかつて佐伯の彼女が「赤城くんの笑顔って完璧な営業スマイルだよね」と評した、完璧でありながらその実感情が一欠片も入っていない軽薄なものではなく、はっきりと氷上に対する愛情が浮かんだ美しい笑顔を浮かべてそう言った。
「え? ……あ、あ、そ、そ、そういうつつつつもりじゃないんだ!!!」
 赤城の言葉を理解する事ができず氷上は一瞬不思議そうに顔を顰めたが、けれどもにこにこと笑い続ける赤城に何かを感じたのかすぐに顔を赤くし、しどろもどろに反論を口にのせる。
 白い手が違う違うとぶんぶん振られても、赤城は笑顔を浮かべたままその言葉を受け取らない。
「僕には熱烈な告白に聞こえたけどな。まるで僕が氷上を開発した、そんな感じがしてさ」
 開発という言葉には明らかに違う意味も含まれている。だが顔を真っ赤にして「誤解だ」と叫ぶ氷上はそれに気づいていないだろう(普段であっても気がつかないだろうが)。
「よそでやってくれ」
 ぼそりと佐伯はそう呟いてがっくりとうなだれた。「もう帰れよお前ら」と怒鳴りたかったがどうにか我慢をできたのは、佐伯を勉学にもスポーツにも通じた素晴らしい人間だとそれは未だに真剣に信じ続けてくれている氷上の夢を壊したくなかったからかもしれない。
 それでも目の前で、それはたとえそのうちの一人が無意識であったとしても、いちゃつかれてはおもしろいはずもなく、佐伯が盛大にため息をつけば、それが聞こえたであろうに赤城は「ごめんごめん。氷上の反応がかわいくて」などと言ってのけた。

 オーマイゴッド! ああ誰か、俺を助けてくれないか。



被害者:佐伯瑛(100130)