ムーンダスト
淀んだ部屋の中、あらゆる物に覆いつくされた机を乱暴に発掘し、勝はボールペンを握っていた。そのボールペン がはしるのは「お母さんに手紙を送ろう!」と書かれた一枚の紙の上である。コンビニのレジ脇で見つけた紙を、くだら ないと思いつつも取ってきてしまったのは、コンビニの外に高田の姿があったからだ。 母の日の思い出などはない。一つ思い出すとすれば、小学生のころ書いた母親宛の手紙のことだが、それは開封すら してもらえず、ある日こぼれたビールに濡れた。無残な姿になってしまったそれを、勝はゴミ箱に捨てた。自分で書いた 手紙を、宛名はあるが決して開封されなかった手紙を、勝は自分の手で捨てたのだった。 (くだらねー) そろそろ寿命かと思われる蛍光灯に照らされた机の上を睨みながら、勝はため息をついた。悲しい思い出に浸るために 持ってきたわけではないが、空気の濁りきった部屋から与えられるものは淋しさと虚しさだけだった。 「俺、なんでこんなんもらって来てんだよ」 紙の端を指で摘み上げ、ひらひらと空に泳がすとペラペラと小気味よい音が耳を擽る。その音に集中するかのように勝はすっと 目を閉じた。ふわりふわりと空気を撫でる感触と小さな音の合間に、脳裏に浮かぶのは一人の男、この気まぐれを させた男だった。 (ああ、そうか高田さんか) 冗談と本気を半々に、高田に母の日の手紙を書こうと思っていたことを思い出し、勝は目を開いた。薄暗い明かりが妙 に目に痛かった。曖昧ということばが似合う男の姿を浮かべると、まず浮かぶのが味気のない無表情だ。ぼんやりと 空を見るその目にはもしかしたら何も映っていないのかもしれないと思ったことがある。前の仕事で肝臓を悪くしたと いっていたが、病気の人間というのはああも儚いものなのか。もしも誰かに刺されたら絶対に死んでしまうだろう。 それほどに生気がないのだ。 ひいき目に見てもきれいだとは言えない字が、白い紙に書かれていく。勝は特に何も考えず、ただ気持ちのままを文字に していた。高田という地味な男を、ときどき母親――それは勝の理想の母親のようにように感じることがあった。初めは 逆向きに寝ていたベッドも、いつの間にか、それは勝がごり押した結果でもあったが、二人同じ向きで寝ている。 突然、無性に泣きたくなって、息を止めるようにして歯を食いしばっていれば、闇の中からは優しく撫でる手が伸びてくる。 高田の淡白な性格の中にある優しさに、勝は誰よりも触れている自信があった。それが自分だけのためにあるものではないかと、そう錯覚し てしまうほどに。 「高田さんいつもありがとうございます。大好きっす。今度いいことしましょうね」 時間をたっぷりかけて勝が書いたのは、この一文だけであった。余白には適当な似顔絵をしておいたが、それが似て
いないことは自己愛の強い勝にもわかっていた。 ラブレター企画―正直な―(080611) |